健康管理の義務範囲とは?企業が知るべき境界線
経営者や人事担当者から、よくいただくご相談があります。
「従業員の健康管理は、どこまでやれば法律を守ったことになるのか」という疑問です。
実は逆に、踏み込みすぎて従業員のプライバシーに触れてしまう企業も少なくありません。
この記事では、多くの企業を訪問してきた産業医としての経験から、企業の義務の範囲と見てはいけない情報を整理します。
📋 この記事の目次
- 従業員の健康管理は企業の法的義務なのでしょうか?
- 企業に義務付けられている健康管理の具体的な範囲とは?
- 健康管理で見てはいけないもの・踏み込みすぎてはいけない範囲とは?
- 企業が健康管理を適切に運用するためのポイントは?
- 義務ではないが取り組んだほうがいい健康管理施策とは?
- よくある質問
従業員の健康管理は企業の法的義務なのでしょうか?
従業員の健康管理は、労働契約法第5条の安全配慮義務に基づく企業の法的な義務です。
怠ると損害賠償責任を問われる可能性があります。

安全配慮義務とは何か
安全配慮義務とは、労働契約法第5条に定められた、会社が労働者の生命や身体の安全に配慮すべき義務です。
職場の設備・作業手順を安全に保つ配慮と、労働者の健康状態への配慮という、大きく2つの側面があります。
業種や規模を問わずすべての会社に課されている義務です。
義務違反した場合のリスク
違反すると、従業員から民事上の損害賠償を請求されるリスクがあります。
労働基準監督署による調査や是正勧告が行われる場合もあります。
訴訟や労災の発生は、企業イメージの低下にもつながりかねません。
💡 ポイント:義務を守ることは、従業員が安心して働ける職場づくりにも直結します。
企業に義務付けられている健康管理の具体的な範囲とは?
企業には、①定期健康診断、②常時50人以上の事業場でのストレスチェック、③産業医選任が、法律上の義務として課されています。
定期健康診断の実施義務
労働安全衛生法第66条により、会社は従業員に年1回の定期健康診断を実施する義務があります。
従業員を1人でも雇っていれば、規模を問わずこの義務が発生し、雇入れ時の健診も必須です。
⚠️ 注意:健診は実施しただけでは不十分です。結果通知と、有所見者への事後措置まで行って初めて義務を果たしたことになります。
健康診断の実施後に会社が取るべき事後措置について確認しておきましょう。
ストレスチェックの実施義務
常時50人以上の事業場では、年1回のストレスチェックの実施が義務です。
2028年4月1日からは、50人未満の事業場にも義務化が拡大される予定です。
栃木県内の中小企業様も、この機会に実施体制を整えておくと安心です。50人未満のストレスチェック義務化の記事もご覧ください。
産業医・衛生管理者の選任義務
常時50人以上の事業場では、労働安全衛生法第13条に基づき産業医の選任義務があります。
産業医を選任すべき事由が発生した日から14日以内に選任し、選任後は遅滞なく所轄の労働基準監督署へ選任報告書を提出する必要があります。
違反すると、労働安全衛生法第120条に基づき50万円以下の罰金が科される可能性があります。
栃木県内で従業員数が50人に近づいてきた企業様は、産業医選任の準備を早めに確認しておくと安心です。
50人未満は選任義務がありませんが、努力義務として地域産業保健センターの活用が推奨されています。
| 従業員数 | 健康診断 | ストレスチェック | 産業医選任 |
|---|---|---|---|
| 1〜49人 | 義務 | 努力義務 (2028年4月〜義務) | 努力義務 |
| 50人以上 | 義務 | 義務 | 義務 |
💡 ポイント:従業員数が増えるタイミングで義務が切り替わるため、人数の推移をこまめに確認しておくことが大切です。
健康管理で見てはいけないもの・踏み込みすぎてはいけない範囲とは?
健康情報は「会社が必ず取り扱うもの」「同意は不要でも社内で扱う人を絞るもの」「本人の同意が必要なもの」の3つに分かれます。

健康情報は3つに分かれます
「健康に関する情報は、すべて本人の同意がないと見てはいけない」と思われている方が、とても多くいらっしゃいます。
実はそうではありません。厚生労働省の指針では、情報の性質によって3つに分類されています。
| 分類 | 代表的な情報 | 会社の扱い方 |
|---|---|---|
| ①会社が必ず取り扱う | 健診の受診・未受診/面接指導の申出の有無/健診後に医師から聴いた就業上の意見 | 法令上の義務を果たすため、会社が必ず取り扱います |
| ②同意は不要だが社内で制限する | 健康診断の結果(法定項目)/法定項目と同じ再検査の結果/面接指導の結果 | 取り扱う人を限定し、必要に応じて加工して扱います |
| ③本人の同意が必要 | 健診の法定外項目/がん検診/保健指導の結果/精密検査の結果/通院状況 | あらかじめ本人の同意を得たうえで扱います |
会社が迷いやすいのは、②と③の違いです。ここを押さえると判断がぐっと楽になります。
法定健診の異常値は、むしろ会社が把握すべき情報です
定期健康診断の法定項目の結果は、上の表の②にあたります。本人の同意がなくても、会社は結果を受け取ることができます。
それどころか、会社には次の義務があります。
- 結果を健康診断個人票として記録し、5年間保存する(労働安全衛生法第66条の3、労働安全衛生規則第51条)
- 異常の所見があった従業員について、医師の意見を聴く(同法第66条の4。健診実施日から3か月以内)
- 医師の意見を勘案し、必要なら労働時間の短縮や作業の転換などの措置を取る(同法第66条の5)
つまり法定項目の異常値は「見てはいけないもの」ではありません。
把握して医師の意見を聴き、必要な措置を取るところまでが、安全配慮義務の中身そのものなのです。
⚠️ 注意:ただし「会社が受け取れる」ことと「社内の誰が見てもよい」ことは別の話です。
初回訪問でよくあるのが、検査値の記載された結果票が部署ごとのファイルに綴じられているケースです。
ある企業では、複数の管理職が閲覧できる状態になっていました。取得したこと自体に問題はありませんが、見られる範囲が広すぎたのです。
保管場所と閲覧できる人を分けるだけで、この問題は解決しました。
本人の同意がなければ扱えない情報
一方、次の情報は本人の同意なしに会社が見ることはできません。
1つ目は、ストレスチェックの個人結果です(労働安全衛生法第66条の10第2項)。
私が栃木県内のある製造業(従業員80名ほど)を訪問した際、人事のご担当者から「高ストレスだった人のリストをもらえませんか」とご相談を受けたことがあります。
フォローしたいという、従業員思いのご相談でした。それでも「見てはいけないもの」だとお伝えすると、大変驚かれていました。
そこで、個人が特定されない集団分析の結果を使った職場改善をご提案し、その年の職場環境改善につながりました。
2つ目は、産業医面談で本人が話した病名や治療内容です。
面談後、上司から「あの人、結局どこが悪いんですか」と聞かれることは少なくありません。
心配してくださっての質問ですが、お伝えできるのは「残業を月20時間までに」といった就業上の配慮に必要な範囲だけです。
この線引きをご説明すると、「その情報だけで十分です」と納得いただけることがほとんどです。
3つ目は、健診の法定外項目やがん検診、保健指導の結果です。表の③にあたります。
💡 ポイント:再検査の結果は扱いが分かれます。法定項目と同じ検査なら②、それ以外は③で同意が必要です。
産業医から会社へは「就業上の意見」に置き換えて伝えます
では、健診で異常値が出たとき、産業医は会社にどう伝えているのでしょうか。
厚生労働省の指針では、情報を他者に提供する際、検査結果の記録そのものではなく、就業上の措置に関する医師の意見に置き換えることとされています。これを「加工」と呼びます。
| 会社にお伝えすること | 会社にはお伝えしないこと |
|---|---|
| 就業判定(通常勤務可・就業制限・要休業) | 検査値そのもの |
| 必要な配慮の内容(残業制限、深夜業の制限など) | 疑われる病名 |
| 受診を勧める必要があるという意見 | 治療の内容や通院先 |

ですので「〇〇さんに内科の受診を勧めてください」というお伝えの仕方は、曖昧なのではありません。これが本来の形です。
理由として検査値や疑われる病名を添えないことが、何より大切になります。
なお受診のお勧めは、産業医や保健師から本人へ直接お伝えするのが基本です(労働安全衛生法第66条の7)。
必要に応じて産業医から従業員宛に「受診勧奨状」や「再検査依頼書」を渡すようにしています。
会社を通してお伝えすると「なぜ受診が必要なのか」と理由を聞かれ、結局は病名の話になってしまいやすいためです。
個人情報保護法から見た健康情報
健康に関する情報は、個人情報保護法上の「要配慮個人情報」にあたります(同法第2条第3項)。
要配慮個人情報の取得には、原則として本人の同意が必要です。
ただし「法令に基づく場合」は、同意がなくても取得できるとされています(同法第20条第2項第1号)。
法定健診の結果を同意なしに扱えるのは、この例外にあたるためです。
逆にいえば、法令に根拠のない情報を集めるときは、必ず本人の同意が必要になります。
人事評価・処遇への不当な利用は禁止されています
健康情報を理由とした不利益な取り扱いは認められません。指針では、次の行為が明確に禁止されています。
- 解雇すること
- 有期契約の従業員について、契約を更新しないこと
- 退職を勧めること
- 不当な動機・目的によると判断される配置転換や役職の変更を命じること
健康情報の取り扱いに本人が同意しなかったことを理由とする不利益な取り扱いも、同じく禁止されています。
💡 ポイント:「会社が扱う情報」と「産業医だけが扱う情報」を分けることが、従業員との信頼関係を守るコツです。
企業が健康管理を適切に運用するためのポイントは?
健康情報取扱規程の整備と、産業医・保健師など外部専門家との連携が、適切な運用の土台になります。
社内ルール・規程の整備
厚生労働省の指針では、事業者が健康情報の取扱規程を策定することが求められています。

規程には、情報の取得目的、保管方法、閲覧できる担当者の範囲を明記し、担当者に守秘義務を課すことが大切です。
産業医や保健師がいない小規模な事業場では、指針上、衛生推進者に取り扱わせる方法も示されています。
取扱規程に基づいて適切に扱うことを条件に、事業者自身が直接取り扱う方法も認められています。
外部専門家(産業医・保健師)との連携
自社に専属の産業医がいない場合は、嘱託産業医への委託が現実的な選択肢です。
定期的な職場巡視や面談を通じて、専門家の視点から健康管理を進められます。
栃木県・宇都宮市エリアで産業医をお探しの場合は、産業医の選び方や契約までの流れを参考にしてください。
💡 ポイント:規程と外部専門家の連携体制が整えば、無理なく法令を守りながら運用を続けられます。
義務ではないが取り組んだほうがいい健康管理施策とは?
法律上の義務でなくても、健康経営に取り組む企業は、採用力や生産性の向上といった経営メリットを得られます。
健康経営としての取り組み例
相談窓口の設置、運動促進イベント、食生活・睡眠改善のサポートなどが代表的な取り組みです。
罰則はありませんが、取り組むことで従業員満足度の向上につながります。健康経営優良法人認定など外部評価制度も検討する価値があります。
栃木の中小企業向けの健康経営の始め方を参考にしてください。
従業員のエンゲージメント向上につながる施策
健康施策への投資は、コストではなく採用競争力の強化につながる投資と捉えられます。
心身の不調を抱えたまま働く状態を防ぐことで、生産性の向上や離職率の低下も期待できます。
💡 ポイント:低コストで始められる施策も多いため、できることから着手するのがおすすめです。
よくある質問
Q. 従業員が10名程度の会社でも健康診断は義務ですか?
A. はい、義務です。従業員を1人でも雇っていれば、規模を問わず年1回の定期健康診断が必要です。
Q. ストレスチェックの結果を人事が見ることはできますか?
A. 本人の同意がない限り、個人結果を見ることはできません。集団分析の結果であれば活用できます。
Q. 産業医面談で聞いた病名を上司に伝えてもいいですか?
A. 本人の同意なしに伝えることはできません。伝えられるのは就業上の配慮に必要な範囲のみです。
Q. 健康診断の結果は、本人の同意がないと会社は見られないのですか?
A. 法定項目の結果は、同意がなくても会社が受け取れます。5年間の記録保存義務もあります。ただし社内で閲覧できる人は限定する必要があります。
Q. 産業医から会社に、検査値をそのまま伝えてもらえますか?
A. 検査値そのものではなく、就業判定や必要な配慮の内容といった就業上の意見に置き換えてお伝えします。厚生労働省の指針で示された方法です。
Q. 従業員50人未満でも産業医と契約したほうがいいですか?
A. 義務ではありませんが、契約により職場改善が進みやすく、地域産業保健センターの活用も選択肢です。
産業医のご契約・ご相談はお気軽に
「どんな産業医が必要か分からない」「まず話を聞いてみたい」という段階でも大丈夫です。
中小企業の状況に合わせた、現実的なサポートをご提案します。
参考文献・参考URL
本記事は一般的な情報提供を目的としており、個別の医学的判断・法的判断の代わりとなるものではありません。 産業保健上の具体的な対応については、産業医・社会保険労務士等の専門家にご相談ください。 掲載内容は執筆時点の法令・ガイドラインに基づいており、最新情報は厚生労働省等の公式サイトをご確認ください。
