産業保健の法改正、中小企業は大丈夫ですか?

「うちみたいな小さい会社にも、法改正って関係あるんですか?」

栃木県内で産業医をしていると、経営者や人事のご担当者から、本当によくこの質問をいただきます。

答えは「大いに関係あります」です。

ここ数年、大企業だけのルールが、次々と中小企業にも広がっています。しかも「知らなかった」では済まないものばかりです。
とはいえ、難しい法律を全部覚える必要はありません。
この記事では「自社で何をすればいいか」だけが分かるように整理しました。気になるところだけ拾い読みでも大丈夫です。

📋 この記事の目次

  1. まずは全体像|2023〜2026年の法改正を一覧でチェック
  2. 2023年|残業のルールとフリーランスへの配慮
  3. 2023〜2025年|化学物質と熱中症への対応
  4. 2025〜2026年|電子申請・両立支援・カスハラ対策
  5. 結局うちは何をすれば?従業員数別チェックリスト
  6. よくある質問

まずは全体像|2023〜2026年の法改正を一覧でチェック

大企業向けだったルールが、いま中小企業にも広がっています。
まずは表で「自社に関係しそうなもの」を探してみてください。

【早見表】2023〜2026年の主な法改正

細かい条文は覚えなくて大丈夫です。「いつから・何が・誰に」だけ、ざっくりつかみましょう。気になる行は、後ろの章で詳しく説明しています。

時期何が変わったか主な対象
2023年4月月60時間を超える残業の割増賃金率(50%)が中小企業にも適用全業種・全規模
2023年〜一緒に働くフリーランス・個人事業者への安全配慮外注・委託先がいる会社
2023年〜化学物質を「会社が自分でリスク評価して管理する」方式へ製造業・建設業など
2025年1月労災・選任・健診結果などの報告がオンライン申請に義務化全業種・全規模
2025年6月熱中症対策が「義務」に暑い作業がある会社
2026年4月治療と仕事の両立支援が「努力義務」に全業種・全規模
2026年10月カスタマーハラスメント対策が「義務」に全業種・全規模
2028年4月ストレスチェックが50人未満の会社にも義務化(予定)50人未満の会社

💡 ポイント:「全部やらなきゃ」と身構えなくて大丈夫です。
自社に関係する行から、ひとつずつ確認しましょう。

そもそも「産業保健」って何のこと?

産業保健とは「働く人の健康を会社が守る取り組み」のことです。

健康診断やメンタルヘルス対策、長時間労働への配慮などが含まれます。

大事なのは、会社の人数で「やるべきこと」が変わる点です。下の表で、自社がどこに当てはまるか確認してみてください。

従業員数主にやるべきこと(抜粋)
10人未満健康診断の実施・記録の保存
10〜49人上記+安全衛生推進者を選ぶ
50人以上上記+産業医・衛生管理者を選ぶ、衛生委員会の設置、ストレスチェックの実施

💡 ポイント:「うちは10人もいないから」と思われがちです。
でも健康診断は人数に関係なく義務です。ここは見落としやすいので、ぜひご確認ください。

2023年|残業のルールとフリーランスへの配慮

ひとことで言うと、「残業代のルール」と「外注先への安全配慮」。
この2つが2023年の大きな変化です。

月60時間を超える残業代が上がりました(2023年4月〜)

2023年4月から、月60時間を超える残業の割増賃金率が、中小企業でも50%に上がりました。

これまで中小企業には猶予がありました。その猶予が終わったかたちです。

「これはお金の話でしょう?」と思うかもしれません。でも、実は健康管理ともつながっています。

残業が月80時間を超え、本人から申し出があった場合には、医師による面接指導を行うことが会社の義務になっているからです。

なお、研究開発の業務に従事する方や、高度プロフェッショナル制度の対象者は扱いが異なります。
月100時間を超えた場合は、申し出がなくても面接指導が義務です。

産業医として、こんな経験があります。

「制度は知っていたけれど、まさか自社の社員が対象とは気づかなかった」と。

法改正の情報が、現場まで届ききっていない。そう痛感する瞬間です。

⚠️ 注意:覚えたい数字は「60時間」と「80時間」です。
60時間超は残業代の引き上げ。80時間超は、本人の申し出があれば医師面談です。この2つはセットで押さえましょう。

一緒に働くフリーランスへの配慮も必要に(2023年〜)

最近は、フリーランスや個人事業主に仕事を頼む会社も増えました。

社員と同じ現場・同じ設備で作業してもらう場合、その方々の安全にも会社の配慮が必要です。

2023年に変わったのは「法律そのもの」ではありません。その下の細かいルール(省令)の部分でした。

この流れはさらに進んでいます。フリーランス保護を定めた法律の改正が、2025年5月に公布されました。
主な内容は2026年4月から始まっています。

「社員じゃないから関係ない」。そう思っていると、見落としにつながります。

建設・製造・物流など、外注を活用する栃木県内の会社は要注意です。一度「誰がどんな作業をしているか」を整理してみると安心です。

💡 ポイント:まずは「社員以外の人がどんな作業をしているか」をリストにしてみましょう。

2023〜2025年|化学物質と熱中症への対応

化学物質の管理が「会社まかせ」に変わりました。
熱中症対策はついに「義務」です。専門の人がいない会社ほど、早めの準備が安心です。

化学物質は「会社が自分でリスクを見極める」時代に(2023年〜)

これまで化学物質の管理は「国が決めたルールに従う」のが基本でした。

それが2023年4月から、変わりました。「会社が自分で危険度を調べて、自分で対策を考える」やり方です。
リスクの確認が必要な物質も、大幅に増えました。

さらに2024年4月からは、化学物質管理者を選ぶことなどが義務づけられました。対策は段階的に強くなっています。

これを「リスクアセスメント」と呼びます。要するに「危なさを自分たちで確認して、手を打つこと」です。

対象は製造業や建設業だけではありません。洗剤や消毒液をよく使う会社でも、対象になることがあります。

💡 ポイント:ひとりで抱え込まなくて大丈夫です。栃木産業保健総合支援センターでは、化学物質の管理を無料で相談できます。

熱中症対策が「義務」になりました(2025年6月〜)

2025年6月1日から、暑い場所での作業がある会社に、熱中症対策が義務づけられました。

求められるのは、暑さ指数(WBGT)の測定です。ほかに、休憩のとり方や作業計画の見直し、体調チェックも必要です。

WBGTとは、気温・湿度・日差しを合わせた「暑さの危険度」を数字にしたものです。

こんな相談がありました。

ある製造業の現場で、責任者からこう声をかけられたのです。「義務になったと聞いたけれど、何をどこまでやればいいのか分からない」と。

そこで、後回しになりがちな対策を一緒に整理しました。
計測器の設置、休憩場所の用意、作業計画の見直し。ひとつずつ進めました。

「義務」になったことで、現場の意識もぐっと変わったように感じます。

⚠️ 注意:これはすでに始まっているルールです。「やった方がいい」ではなく「やらなければならないこと」です。夏本番の前に確認しておきましょう。

2025〜2026年|電子申請・両立支援・カスハラ対策

新しい義務がいくつか続きます。
中でも「報告のオンライン化」はもう始まっています。まだ紙で出している会社は要チェックです。

各種報告がオンライン申請に(2025年1月〜)

2025年1月1日から、主な手続きがオンライン申請(電子申請)に義務化されました。
対象は、労災の報告、産業医・衛生管理者の選任報告、健康診断の結果報告などです。

申請には「e-Gov(イーガブ)」を使います。国が運営するオンライン窓口です。

紙での提出は、原則として受け付けてもらえなくなりました。手順は次の3ステップだけです。

  • e-Govポータル(https://www.e-gov.go.jp/)でアカウントを登録する
  • マイナンバーカード、またはID・パスワードで認証を設定する
  • 必要な手続きを選び、入力して申請する

💡 ポイント:アカウント登録は空いた時間にできます。

治療と仕事の両立支援が「努力義務」に(2026年4月〜・施行済み)

がんや脳卒中、糖尿病などの治療を続けながら働く方への配慮が、会社の努力義務になりました。

これは2026年4月から、すでに始まっています。

「両立支援」とは、治療をしながらでも働き続けられるようにする取り組みです。勤務時間の調整、休暇のとりやすさ、業務内容への配慮などを指します。

主治医・産業医・会社が連携できると理想的です。

「努力義務だから、やらなくてもいい?」と思うかもしれません。

でも、対応しないままだと、治療中の頼れる社員が辞めてしまうこともあります。
新しく人を採る方が、ずっと大変です。

💡 ポイント:まずは「病気や治療を気軽に相談できる窓口」を社内につくりましょう。
      小さな一歩が土台になります。

カスタマーハラスメント対策が「義務」に(2026年10月〜)

2026年10月1日からは、カスハラ対策が会社の義務になります。

カスハラとは、お客様や取引先からの行きすぎた迷惑行為のことです。
暴言、理不尽な要求、長時間の拘束、SNSでの誹謗中傷などを指します。

お客様と直接やりとりする会社は、特に注意が必要です。小売・サービス・医療・介護などが当てはまります。整えておきたいのは、次のことです。

  • カスハラの相談窓口をつくる
  • 対応マニュアルを用意する(どこまで応じて、どこから断るかの目安)
  • 被害を受けた従業員の心のケア体制を整える
  • 管理職・従業員への研修を行う

カスハラを受けた従業員の心への影響は、決して小さくありません。

早く相談・対処できる仕組みがあること。それが、働きやすい職場を長く保つコツです。

💡 ポイント:厚生労働省が参考資料やひな型を公開しています。
      ゼロから作る必要はありません。ひな型を自社向けに直すところから始めましょう。

ストレスチェックが50人未満の会社にも(2028年4月〜予定)

いま、ストレスチェックは50人以上の会社の義務です。50人未満は「努力義務」です。

これが、50人未満の会社にも義務化されることが決まりました。

始まるのは2028年4月1日からです。

「まだ先のこと」と感じるかもしれません。でも、体制づくりには意外と時間がかかります。今のうちから準備すると、あとが楽です。

費用が心配な方もいると思います。外部機関を使えば、1人あたり数百円〜の低コストで実施できます。

💡 ポイント:栃木産業保健総合支援センターでは、相談・支援が無料です。まずは電話一本からどうぞ。

結局うちは何をすれば?従業員数別チェックリスト

[ひとことで言うと]自社の人数の列を見てください。「まだできていない」ものから手をつければOKです。

従業員数別|最低限やっておきたいこと

下の表で、自社の人数の列をたどってみてください。「これ、できているかな?」と感じた項目から取り組みましょう。

確認すること〜9人10〜49人50人以上
定期健康診断の実施・記録の保存義務義務義務
安全衛生推進者を選ぶ不要義務義務
産業医を選ぶ不要不要義務
衛生委員会の設置不要不要義務
ストレスチェックの実施2028年4月〜義務化予定2028年4月〜義務化予定義務
月80時間超+本人の申し出があった場合の医師面談義務義務義務
各種報告のオンライン申請義務義務義務
熱中症対策(暑い作業がある場合)義務義務義務
カスハラ防止対策2026年10月〜義務2026年10月〜義務2026年10月〜義務

⚠️ 注意:上の表は主なものだけです。なお、50人未満の会社でも、医師などに健康管理を行わせるよう努める義務(努力義務)があります。業種や作業内容によっては、追加で必要なこともあります。迷ったら、産業保健総合支援センターや社会保険労務士に相談してください。

よくある質問

Q. 従業員が50人未満でも産業医は必要ですか?

A. 50人未満の会社には、産業医を選ぶ義務はありません。ただし、医師などに健康管理を行わせるよう努める義務(努力義務)はあります。また、2028年4月からはストレスチェックも義務化されます。今のうちから産業保健総合支援センターを通じて産業医とつながっておく会社が増えています。

Q. 法改正への対応が遅れると、どんなことが起きますか?

A. 労働基準監督署の調査や是正勧告の対象になります。改善されなければ、罰則につながることもあります。万が一の労働災害のときにも、会社の責任が問われやすくなります。「知らなかった」では守ってもらえない、という点が大切です。

Q. 熱中症対策の義務化は、事務所だけの会社にも関係しますか?

A. 今回の義務化は「暑くなりやすい作業」がある場合が主な対象です。事務所だけの会社は、直接の対象外になることもあります。ただし、空調の管理など、社員が健康に働けるよう配慮する責任は変わらず残ります。

Q. ストレスチェックは外部に頼まないとできませんか?

A. 実施には産業医や保健師などが関わる必要があります。そのため、外部機関に委託するのが一般的です。

Q. カスハラ対応マニュアルは、一から作らないといけませんか?

A. いいえ。厚生労働省が参考資料やひな型を公開しています。それをベースに、自社の業種や状況に合わせて手直しすれば十分です。

産業医のご契約・ご相談はお気軽に

「どんな産業医が必要か分からない」「まず話を聞いてみたい」という段階でも大丈夫です。
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参考文献・参考URL


【免責事項】
本記事は一般的な情報提供を目的としており、個別の医学的判断・法的判断の代わりとなるものではありません。 産業保健上の具体的な対応については、産業医・社会保険労務士等の専門家にご相談ください。 掲載内容は執筆時点の法令・ガイドラインに基づいており、最新情報は厚生労働省等の公式サイトをご確認ください。
鈴木 貴大のイメージ
UpBE産業医事務所 代表/産業医・整形外科専門医
鈴木 貴大
整形外科医として、多くの労災患者を診てきました。 そのため、腰痛・けが・労災など「身体と仕事」の判断に強い産業医です。 現在は栃木県内で、製造・金融・小売など幅広い業種の企業をサポートしています。 メンタル不調への対応、休職・復職の判断、健康経営づくりもお任せください。 初回のご相談は無料です。「聞くだけ」の段階でも、お気軽にどうぞ。
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